中学校週案多年度版 2版 名言・格言 4  

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名 言 ・ 格 言 人  物

肖   像

人 物 解 説 な ど

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作 品 紹 介 ペ ー ジ

119

母がこのような人でなかったら「世界の細菌学者、野口英世」は、おそらく存在しなかった

野口 英世

1876年〜1928年。医師、細菌学者、キリスト者。 高等小学校を卒業して上京し、済生学舎に通い、医術開業試験に合格して医師となった。渡米してペンシルベニア大学医学部の助手を経て、ロックフェラー医学研究所研究員となった。主に細菌学の研究に従事し、黄熱病や梅毒の研究で知られる。黄熱病の研究中に自身も罹患し、51歳で死去。


120

人生は思考するものにとっては喜劇であり、感情に流されるものにとっては悲劇である

ヒポクラテス

紀元前460年頃〜 紀元前370年ごろ。古代ギリシアの医者。エーゲ海に面したイオニア地方南端のコス島に生まれ、医学を学びギリシア各地を遍歴したと言い伝えられるが、その生涯について詳しいことは分かっていない。医学を原始的な迷信や呪術から切り離し、臨床と観察を重んじる経験科学へと発展させた。


121

経験と思考を正しく用いれば、人間は自分自身から多くのものを引き出すことができる

ジョルジュ・サンド

1804年〜1876年。フランスの作家。父が早く亡くなったため子供時代は父方の祖母の館で過ごし、この経験がのちの田園小説のモチーフとなった。18歳で男爵と結婚したが間もなく別居し、多くの男性と恋愛関係をもった。女性権利拡張運動を主導するとともに文学作品を書き続けた。


122

己の思想は己の思想である。一人も理解してくれなくても、己はそれに安んじなくてはならない

森 鴎外

1862年〜1922年。小説家、軍医、官僚。12歳で医学校予科に入学。19歳で本科を卒業後、軍医となる。22歳から5年間ドイツへ留学。陸軍軍医総監へと地位を上り詰めながら、文芸活動を続け「舞姫」「うたかたの記」「ヰタ・セクスアリス」「高瀬舟」「阿部一族」などの代表作を発表する。


123

抗議しなければならない時に沈黙で罪を犯すのは臆病者だ

エイブラハム・リンカーン

1809年〜1865年。第16代アメリカ合衆国大統領。「人民の人民による人民のための政治」という言葉は有名。奴隷解放等の業績が高く評価されている。一方、インディアン民族に対しては徹底排除の方針を採った。リンカーンの「人民」にはインディアンは含まれていなかったのである。


124

家庭の味を知らない人は、家庭の悩みがどんなものかも分からない

ジェーン・オースティン

1775年〜1817年。イギリスの小説家。女性の私生活を皮肉と愛情を込めて描き、その作品は近代イギリス長編小説の頂点とみなされている。主要作品は『分別と多感』『高慢と偏見』『エマ』『マンスフィールド・パーク』『ノーサンガー・アビー』『説得』など。


125

希望はいつまでも人々とともにあって、悪と不幸を克服する

マルティン・ルター

1483年〜1546年。ドイツの神学者、作家、聖職者、宗教改革の中心人物。カトリック教会が発行していた贖宥状(免罪符)に疑義を唱えて、聖書に根拠のない秘跡や慣習を否定する『95ヶ条の論題』を掲出し、カトリック教会から破門された。これを発端に宗教改革が進み、プロテスタントが誕生した。


126

得をするより損をするほうがよい場合がいろいろある

プラウトゥス

紀元前254年〜紀元前184年。古代ローマの劇作家。エンターテイメントに飢えた観衆を満足させるため、駄洒落、登場人物の名前にその性格をありありと反映させるなどの言葉遊びを多用した。主に言語の面白さによって観衆をひきつける必要から、物語全体の説得力は他の作家に道を譲るといわれる。


127

私は今日一日だけの安楽にふけって百年後の憂えを考えないものではない

樋口 一葉

1872年〜1896年。幼少時代に草双紙の類いを読みふけった。兄と父の死によって苦しい生活を強いられる。20歳で『闇桜』を発表したのをはじめ『たけくらべ』『にごりえ』などの名作を次々に発表したが、肺結核のため24歳で死去。2004年から2024年まで発行された5千円札の顔であった。


128

人は逆境において真価を試される。達人は逆境を楽しみ、順境もまた楽しむ。

孔子

紀元前552年(一説には前551年)〜紀元前479年。春秋時代の中国の思想家、哲学者。儒家の始祖。孔子は尊称。弟子たちは孔子の思想を奉じて教団を作り、儒家となって諸子百家の一家をなした。弟子達が孔子の死後約400年かけてその教えをまとめ、編纂したのが『論語』である。釈迦、キリスト、ソクラテスと並び四聖人に数えられる。


129

愛とは、互いに見つめ合うことではない。ふたりが同じ方向を見つめることである

サン・テグジュペリ

1900年〜1944年。フランスの作家、操縦士。郵便輸送のためのパイロットとして、欧州-南米間の飛行航路開拓などにも携わった。自由フランス空軍に所属し、偵察飛行中、地中海上空で行方不明となる。主な作品は、南方郵便機、夜間飛行、人間の土地、星の王子さま、など。


130

言葉は翼を持つが、思うところに飛ばない

ジョージ・エリオット

1819年〜1880年。イギリスの作家。心理的洞察と写実性に優れた作品を発表した。『アダム・ビード』『サイラス・マーナー』『ミドルマーチ』などの作品で知られており、特に『ミドルマーチ』は後世のヴァージニア・ウルフによって賞賛された。


131

幸福な人がいられるのは、不幸な人がその人の重荷を担ってくれているからだ

アントン・チェーホフ

1860年〜104年。ロシア帝国に生まれ、貧しい家庭で育った。モスクワ大学で医学を学び医師として働く傍ら、短編小説や戯曲を発表。『かもめ』『三人姉妹』『桜の園』などで人間の内面を繊細に描き、近代演劇と文学に大きな影響を与えた。晩年は結核に苦しみ44歳で死去した。


132

真実に向かう途中で犯す間違いはたったの二つ。諦めてしまうことと始めないこと

仏陀

仏陀(釈迦)は紀元前5世紀頃、北インドの王族に生まれた。人間の苦しみに疑問を抱いて出家し、苦行と瞑想を経て悟りを開き仏教の開祖となった。すべての苦しみは欲望に起因すると説き、四諦や八正道を中心とした教えを示した。その思想はインドからアジア全域へと広まり、大きな宗教となった。

133

あなたの心に一筋の光を与えるものは、信念の知的到達点である確固たる目的意識以外にはない

メアリ・シェリー

1797年〜1851年。イギリスの小説家。19歳で書き上げた『フランケンシュタイン』が最も有名。SF小説の創始者・先駆者と呼ばれることもある。他に自伝的小説『最後の人間』を書いた。53歳で死去。


134

世の中は食うて糞して寝て起きてさてその後は死ぬばかり

一休宗純

1394年〜1481年。室町時代の禅僧。後小松天皇の第2皇子とも伝わる。自由で風刺的な言動で「風狂の禅僧」とも、酒や肉を好み「破戒僧」とも言われる。詩や漢詩にも優れ『狂雲集』などを残して庶民の仏教理解に影響を与えた。77歳で盲目の琵琶師=森盲女を愛人とし共に暮らした。


135

苦しんでいる人々の力になること、これは人類の共通の義務なのです

マリ・キュリー

1867年〜1934年。ポーランド出身の物理学者・化学者。放射線の研究でノーベル物理学賞及び化学賞を受賞し、パリ大学初の女性教授に就任した。1909年、アンリ・ド・ロチルドからキュリー研究所を与えられた。放射線被曝による再生不良性貧血によって死亡したと考えられている。



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