働き方改革 5   
   

 1 なぜ働き方改革が必要か
 2 民間の働き方改革
 3 教員の労働条件
 4 教員の労働実態
 5 世界の教員との比較
 6 学校における働き方改革
 7 働き方改革推進のための振り返り用紙
 8 だんざ出版からのささやかな提案
 
9 給特法改正・業務量管理指針
10 給特法改正・年間変形労働時間制
※ 学校における働き方改革に関する流れ

  2019(令和元)年12月4日、給特法(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法)の一部を改正する法律が自民党、公明党、日本維新の会などの賛成多数で可決されました。萩生田文科大臣は「今回の法改正を契機として、今後とも集中的に学校現場での働き方改革を推進してまいります」と述べています。
  一方、その審議過程ではさまざまな問題点が指摘され、学校現場からは「長時間労働の解消どころか、かえって深刻化する」などの反対の声があがり、ネット上の反対署名には50,000名以上の署名が集まっています。
  給特法改正は、学校における働き方改革を推進することになるのでしょうか。そのための課題は何なのでしょうか。

 
    
   9 給特法改正・業務量管理指針    
   

1 これまでの給特法の問題点
  給特法は「3 教員の労働条件」で既述したように、かねてから問題点が指摘されていました。特に、働き方改革の視点からは、主に次のような問題点が指摘されてきました。



  このような問題点がある中で、教員に求められる職務がますます複雑化・困難化した結果「4 教員の労働実態」や「5 世界の教員との比較」で既述したとおり、非常に過酷な状況になってしまったのです。

2 給特法改正以前の学校の働き方改革
  教員の過酷な勤務実態が明らかになるにつれて、政府は給特法の抜本的改正には手をつけなかったものの、いくつものガイドラインや通知を発出して、学校における働き方改革を推進してきました。上に述べた給特法の問題点との関連に限ってまとめれば、主に次のような点が挙げられます。

 @ 「在校等時間」を定義し、これを実態としての「勤務時間」とみなすことにした。
 A タイムカード等の活用によって「在校等時間」を客観的に把握・記録するよう求めた。
 B 「勤務時間上限ガイドライン」を発出し、民間と同じ上限を守るよう求めた。
      ただし、民間は法的上限、教員は目安。ガイドラインの概要はこちら
 C 「部活動総合ガイドライン」を発出し、部活動による勤務の長時間化を抑制するよう求めた。
      運動部活動ガイドライン     文化部活動ガイドライン
 D 「長期休業期間における学校の業務の適正化等について」を発出。
      業務の縮減等によって長期休業期間にまとまった休日を取れるようにすることを求めた。

3 給特法改正
  これらの施策を踏まえて、2019年(令和元年)12月4日、給特法が改正されました。
     成立した法律 (読み解くのがとても大変です)
     法律の概要
     法律の概要・実施スケジュール・指針の概要等
  改正のポイントは次の2つです。
   @ 文科大臣が「業務量の適切な管理等に関する指針」を策定することとした。(2020年4月1日施行)
   A 地方公共団体の判断で年間変形労働時間制を導入できるようにした。(2021年4月1日施行)

4 「業務量の適切な管理等に関する指針」について
  改正給特法第7条の定めによって、2020年1月17日、文科大臣が「業務量の適切な管理等に関する指針」を発出しました。その内容は次の通りです。
        指針本文    指針の概要    文科省通知・留意事項・国会答弁など
  勤務時間の上限については、これまでのガイドラインや民間の上限と同一です。ただし、これまでのガイドラインは目安でしたが、改正給特法に基づく指針の告示によって法的な定めとなり、教育委員会と校長は、これを実現する法的責任を負うこととなりました。上限時間をもう一度確認しておきましょう。

教員の勤務時間の上限
   @1か月の超過勤務は45時間以内
   A1年間の超過勤務は360時間以内
   ※突発的・臨時的な特別の事情により避けられない場合
    1か月に100時間未満、1年間に720時間以内
    その場合でも、連続する複数月平均は80時間以内、かつ、45時間超の月は年6カ月まで

  教育委員会が講ずべき措置や留意事項として次のように定められています。
   ・ 在校等時間の上限方針を定める
   ・ 在校等時間を客観的に計測し、公文書として管理・保存する
   ・ 休憩時間や休日の確保等に関する労働基準法等の規定を遵守する
   ・ 終業から始業までに一定時間以上の継続した休息時間を確保する (インターバル制度の実施)
   ・ 取組の実施状況を把握し、必要な検証と取組を実施する
   ・ 持ち帰り業務の実態を把握し、その縮減を図る(持ち帰りは行わないのが原則)
   ・ 他にも、相談窓口、健康診断、面接指導、有給休暇取得の促進などについての定めがあります。
  これまでに打ち出してきた働き方改革の取り組みを徹底的に推し進めることを通してこの指針を実現していけば、教員の長時間勤務の解消にかなりの効果が期待されます。一方、働き方改革の取り組みがおろそかにされたまま、形式的に勤務時間の上限の実現を押しつけるようなことになれば、教員に対する時短ハラスメントとなり、闇残業を増大させることになりかねません。文科省、教育委員会、管理職、教員と関係職員等、全ての関係者の意識改革と実行力が試されています。

 
 
    10 給特法改正・年間変形労働時間制    
   

1 年間変形労働時間制の導入について
  給特法改正の2つめのポイントは1年間の変形労働時間制の導入です。これまで、1年間の変形労働時間制は労使協定の締結と労働基準監督署への届け出を条件に民間では認められていましたが、地方公務員については地方公務員法によって適用除外となっていました。今回の給特法の改正によって、公務員の中でも教員にだけ、地方公共団体の判断で1年間の変形労働時間制が認められることになりました。(1カ月の変形労働時間制はこれまでもすべての公務員に適用することができました)

  1年間の変形労働時間制が適用されれば、繁忙期に勤務時間を延ばし、その分を長期休業中などに振り替えて、まとめて休日を取れるようになります。例えば、4・6・10・11月のうちの13週で勤務時間を週3時間増やし、その分を夏休みの8月に振り替えて、5日程度の休みが取れるようになります。(3時間×13週=39時間を、8月の休み(5日分)に充当)
  ただしこれ自体は勤務時間を移動するだけで、長時間勤務の解消や働き方改革の推進にはなっていません。このことは文科省も認めていて、萩生田文科大臣は「これを導入すること自体が日々の教師の業務や勤務時間を縮減するものではありませんが、勤務時間の縮減を図った上で導入すれば、教職の魅力向上に資するものと考えています」と述べています。(文科省HPより)
  1年間の変形労働時間制が導入されると、教員の勤務時間のイメージはどのように変わるのでしょうか。3つのケースについて図示してみたいと思います。図の横の長さは時間の長さに比例しているわけではありません。

ケース1 勤務実態が何も変わらない場合

 
        
   

  この場合、実際の勤務時間は同じなのに、形式的に時間外勤務が減少したことになります。業務量が変わらなければ、長期休業中に休日をまとめどりすることも困難で、結局これまで有給休暇等で取っていた休日を、変形労働制による休日に名目変更するだけとなりかねません。そうなれば、未消化の有給休暇が増えるだけのことです。それでも、もともと有給休暇の少ない臨時的任用職員等にとってはうれしいかもしれません。

ケース2 働き方改革が推進され、業務量が縮減されたケース 

 
      
   

  これが目指すべき姿です。持ち帰り業務ゼロも実現された想定です。長期休業中にはこれまで有給休暇等で取っていた休日に加えて、変形労働制による休日を取れるようにしなければなりません。「6 学校における働き方改革」等で既述したあらゆる改革を徹底的に推進し、上の図の状態が実現するように関係者全員で取り組んでいくことが必要です。

ケース3 所定勤務時間の延長分に新たな業務が入ったケース 

 
      
   

  これが最悪のケースです。延長分とは言え所定勤務時間なのですから、延長された時間に校長が職務命令を出すことは可能です。この時間に新たな業務が入ってしまえば、これまで勤務時間外に行っていた業務は、そのまま延長時間後に行うこととなり、長時間労働はますます深刻化します。校長は、延長された時間に新たな業務を入れないこと、既存の業務でもより時間のかかる形での遂行を求めないことが最低限必要です。 

2 年間変形労働時間制導入への不安や疑問
  国会審議等の過程で提出された疑問や不安の声は多岐にわたります。そのうちのいくつかを取り上げて考えてみたいと思います。

●定時が5時から7時に延長されると保育園の迎えに間に合わなくなる。
●親を介護しているので定時の延長は困る。

  全ての教員に対して画一的に導入するのではなく、例えば育児中や介護等をしているなど特別な事情のある教員には適用しない、または事情に応じて適用することになっています。文科大臣も記者会見(リンク先資料の大臣の2つ目の発言の下から3行目参照)や国会答弁(リンク先資料22ページの3の中ほど参照)でその旨の発言をしています。文科省の「改正法の概要」(リンク先資料2ページ目、右側の3つめの●参照)にも同様の趣旨が示されています。また、改正法の附帯決議(リンク先附帯決議四-6参照)にも明記されています。
  校長に事情を説明し、年間変形労働時間制を適用しないように、あるいは事情を踏まえた形で適用するように申し入れましょう。申し入れが聞き入れられないようであれば、教育委員会及び校長が改正法の趣旨にも文科省の方針にも反した運用をしていることになります。


●個別に適用を考えるといっても延長された時間に会議や研修が入った場合、適用になっていない教員は時間外勤務としてそれらに参加することになってしまうのではないか。
  延長された時間には、職員会議や研修等を行ってはいけないことになっています。更には、延長された時間に新たな業務を付加しないことも定められています。このことは、初等中等教育局長が国会答弁(23ページの8〜13行目参照)で述べていますし、附帯決議四-3にも明記されています。


●見かけ上の残業時間を減らすことが導入の目的なのではないか。
●さらなる長時間労働につながり、過労で倒れる人が増えるのではないか。

  上で述べたケース1やケース3の状態になるのではないかという心配の声です。付帯決議を含めた改正法の趣旨や公式に表明されている文科省の方針は、そういう状態にすることを目的としているものではありません。業務の削減を徹底的に進めた上で、勤務時間の正確な把握と上限の遵守、部活動ガイドラインの遵守等が達成できていることを要件として(国会答弁23ページの5、附帯決議四-1参照)、個人の事情を踏まえた上で適用する教員を決め、長期休業中に確実に確保できる休日の日数の範囲内で(附帯決議四-2参照)、この制度を導入しようというものです。もしも所属する学校がこれらの前提条件を満たしていて、制度の導入が決まった場合、教育委員会、校長、教員、他の職員、すべての関係者が一体となって協力し、上で述べたケース2を実現させなければなりません。


●教員の定数改善による人手不足解消や業務削減を先に進めるのが本来のやり方だ。
●子どもたちに行き届いた教育をするためには、まず定数の改善をしてほしい。

  「5 世界の教員との比較」で既述したように、日本の教育予算の対GDP比は世界で最低レベル、1クラスの児童生徒数は世界で最多レベルです。教育予算を増やして教員の定数を改善することは、教員の長時間勤務を解消し、行き届いた教育を実現するための根本的な手立ての一つです。要求の規模や考え方については議論がありますが、文科省も毎年、定数改善を含めた予算を要求(リンク先概算要求主要事項7ページ参照)しています。また、改正法の附帯決議六にも、抜本的な定数改善を含めた財政措置を講ずることが明記されています。多くの国民の皆様と共にさらに力強く要求し続けることが必要です。


●民間では年間変形労働時間制の導入には労使協定の締結と労働基準監督署への届け出が必要(労基法32条4)だが、教員の場合、地方公共団体の判断だけで導入されることになる。教員自身の意見や要求が無視されるのではないか。
  地方公務員法24条の5で「職員の給与、勤務時間その他の勤務条件は、条例で定める」と規定されていて、例えば県費採用教職員の勤務条件は県議会が条例で定めることになります。これを勤務条件条例主義と言います。変形労働時間制の導入は勤務条件そのものなので、条例で定められなければなりません。勤務条件条例主義は、例えば県当局と職員団体が協定を結んで、納税者たる県民の感覚や常識とかけ離れた勤務条件を決めようとしたときに、県民の代表たる県議会がこれにブレーキをかけることができるという意味で、一定の説得力のある制度だと言えるでしょう。
  一方、地方公務員法55条の1および9は、勤務条件等に関しては労使交渉を行い、文書による協定を結ぶことができると規定しています。変形労働時間制の導入も労使交渉及び協定締結の対象であることは、文科大臣の国会答弁(22ページの3参照)でも明確に示されていて、改正法の附帯決議五にも明記されています。
  地方公務員も労働者としての権利は当然守られるべきであって、労使交渉の結果結ばれた協定は、最大限尊重されるべきものです。県当局と職員団体は誠意をもって交渉し、協定を結びます。その協定に則った条例案を県当局が作成し、県議会に提案するのですから、県当局はこれを承認してもらえるよう全力を尽くして説明責任を果たさなければなりません。また県議会も協定や条例案が作られた経緯を理解し、余程のことがない限りこれを尊重するべきでしょう。協定を踏まえた条例案が県議会で簡単に否決、改変されるようなら、労使交渉を行い協定を結ぶという地方公務員法で保障された権利は意味のないものになってしまいます。
  また、文科大臣は国会答弁(25ページの9参照)で、労使交渉とは別に、制度導入までの流れとして「まず各学校で検討の上、市町村教育委員会と相談し、市町村教育委員会の意向を踏まえた都道府県教育委員会が条例案を作成し、都道府県議会で成立の上、この条例に従って、学校の意向を踏まえ、市町村教育委員会が導入する学校や具体的な導入の仕方を決定する」と各学校での検討結果や意向を尊重するしくみを作る旨、述べています。
  さらに、既に述べたように、学校での検討や意向の形成に当たっては、校長が各教員と話をして、個別の事情などを聞き取り、それを踏まえて誰にどのような形で制度を適用するかを決めなければならないことになっています。
  「地方公共団体の判断で制度を導入することができる」とは言っても、様々な面で、教員の意見や要求を反映させることができるようになっています。導入にあたってのこれらの約束やしくみが実効性のあるものとして働き、教員自身の意見や要求がきちんと反映されているかどうかを点検し続けることが必要です。変形労働時間制を含めた勤務条件についての相談窓口を各教育委員会に設置することも定められています。


●夏休みも忙しい。変形労働制による休日を取れる保証がない。
  文科省は、長期休業中に休日のまとめ取りが可能となるよう2019(令和元)年6月28日に「長期休業期間の業務の適正化について」を発出して、業務の見直し、縮減を求めています。その主な内容は次の通りです。
 〇研修の整理・精選
   (初任者研修や中堅研修の時間や日数の目安は既に事実上撤廃されています)
 〇部活動ガイドラインの遵守による部活動の適正化
   ・1日の活動は長くても3時間程度
   ・1週間に2日以上の休養日(平日に1日、休日に1日)の設定
   ・ある程度長期間の休養期間(オフシーズン)の設定
   ・参加する大会や練習試合の整理・精選
 〇長期休業期間中の授業日設定の見直し
 〇総合的な学習の校外学習日に教員が学校待機する必要がないこと
 〇教師間の業務の偏りの平準化、業務の役割分担の適正化
 〇その他、次のような業務を大胆に削減すること
   ・伝統として続いているが必ずしも適切とは言えない業務
   ・夏休み期間のプール指導
   ・試合やコンクールに向けた勤務時間外の練習指導
   ・内発的な研究意欲がないにもかかわらず形式的に続けられる研究業務
   ・地域や保護者の期待に応えることを重視した運動会等の過剰な準備
   ・地域行事への参加の取りまとめや引率等
  関係者全員の協力によって、これらの内容を実現し、長期休業期間に休日のまとめ取りができるようにすることがまず必要です。それでも休日を確保できる見通しが立たない教員には、変形労働時間制は適用してはいけないことになっています。このことは文科大臣の国会答弁(23ページの6〜8行目参照)や改正法の附帯決議四-2にも明記されています。

3 年間変形労働時間制についてのまとめ
  所定の勤務時間が延長されるとなると、心情的にも様々な不安や疑問が噴出し、長時間勤務が更に深刻化するのではないかというイメージがつきまといがちです。しかし、附帯決議を含めた改正法の趣旨や「業務量の適切な管理等に関する指針」を含む文科省の様々な方針を読み取ると、業務量を縮減した上で、長期休業中に休日のまとめ取りができるようになる可能性はあると思います。先に述べたケース2に近い形を実現するチャンスはあるということです。図を再掲しておきます。


  ただし、制度が導入されるすべての学校で必ず実現できると断言することもできません。というのは、これまでに文科省が打ち出してきた通知やガイドラインが教育委員会や学校現場の段階でそのまますぐに実現されてこなかったという過去があるからです。勤務時間の客観的な測定と記録しかり、部活動ガイドラインの実現しかりです。業務の縮減と変形労働時間制の導入も、文科省、教育委員会、学校現場が意識を一つにして実行しなければ、マイナス面ばかりが目立つ結果になってしまうかもしれません。
  強力な反対意見を含めて様々な議論があったものの、国民が選んだ国会が改正給特法を成立させた以上、それが教員にとっても子どもたちにとってもプラスの結果となって実を結ぶよう、学校における働き方改革を断行していくことが今できることなのです。

  今回の変形労働時間制の導入を、労使協定によらずに「8時間労働の原則」を変更することができる前例として民間等に波及させてはならないことを付記しておきます。


  このページを執筆した後の2020(令和2)年7月17日に、改正給特法の施行規則が制定され、合わせて「業務量の適切な管理等に関する指針」も改正されました。制定された施行規則も、改正された指針も、このページの内容と同一の趣旨です。

2020(令和2)年7月17日制定の施行規則及び改正された「業務量の適切な管理等に関する指針」等はこちら

 
         
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